平成18年商法 成績B(自己評価A〜B)

第 2 問
 大阪市内で電化製品販売業を営むY株式会社の代表取締役Aは,デジタルカメラの某人気機種を安値で大量に調達しようと考え,何度か取引をしたことのある「東京都内に本店のあるZ株式会社の大阪支店営業部長甲山一郎」と自称する人物(以下「B」という。)に対し,売主を探してきてほしい旨の依頼をしたところ,Bから,「Y社振出しの約束手形を所持していると仲介者として行動しやすい。売主との話がついたら返すから,取りあえず貸してほしい。」と言われたため,取引銀行から交付されていた統一手形用紙を用いて,その振出人欄に「Y社代表取締役A」と記名して銀行届出印ではない代表者印を押捺し,手形金額欄に「3,000,000円」と記入したものを,受取人欄,満期欄及び振出日欄を空白にしたまま,Bに交付した。
 ところが,Bは,その受取人欄に「Z社大阪支店」と記入して満期欄と振出日欄も補充し,裏書人欄に「Z社大阪支店長甲山一郎」と記名捺印した上,これを割引のため金融業者Xに裏書譲渡し,その割引代金を持ったまま姿をくらました。その後の調査により,東京都内にZ社は実在するものの,同社には,大阪支店はなく,甲山一郎という氏名の取締役や従業員もいないことが判明した。
 XがY社に対して手形金の支払を請求した場合,この請求は認められるか。

(出題趣旨)
 本問は,受取人欄,満期欄及び振出日欄を空白にしたいわゆる見せ手形を交付した場合について,振出しの名義人が手形上の責任を負うかどうかを問うものである。具体的には,受取人欄,満期欄及び振出日欄の記載を欠くこと,振出しの名義人が手形債務を負担する意思を有していたとはみられないこと等の事実が手形上の責任の発生ないし手形所持人による権利の取得にどのような影響を与えるかについて整合的な論述をすることが求められる。

1 XがY社に対して手形金の支払を請求するためには有効に手形上の債務が発生している必要がある。
2 しかし、Aは受取人欄、満期欄、振出日を空白にしてBに交付されている。この手形は手形要件を欠いたまま振り出されており、無効手形として(76条1項本文)債務は発生していないのではないか。商慣習上認められている白地手形との区別を検討する。
 思うに、白地手形と無効手形は、外見上は同じものである。そうだとすると両者の区別は外観ではなく、手形を交付した者の意思によらざるを得ない。
 そこで、振出人が受取人に対して、後日白地を補充する権利を付与して手形を交付した場合には白地手形になるものと解する。
 本問ではAB間では「売主との話がついたら返す」という合意の下、手形が交付されている。そうだとすると、AはBに手形を返還してもらうつもりであったのだから、後日白地を補充する権利を付与して手形を交付した場合ではない。そうすると無効手形になる。
 よって、本件で手形債務は有効に発生していない。したがって、Xは手形上の権利を有効に承継取得せず、請求は認められないのが原則である。
3 しかし、Bは受取人欄を記入して、満期欄と振出日欄も記入したうえで本件手形をXに裏書譲渡している。そうすると、Xは本件手形が有効なものと信頼して手形を取得したともいえるため、手形金請求を認めてXの保護を図る必要がある。そこで、Xを保護するための法律構成を検討する。
 思うに、有効に権利があるとの外観が存在した場合、外観作出者の帰責の下、この外観を信頼した者を保護すべきである(権利外観法理)。
 そこで、①有効に手形上の権利が取得できるとの外観が存在し、②外観作出者に帰責性が認められる場合には、③この外観を善意無重過失で信じて取引関係の入った物は、手形上の権利を取得するものと解する。
 本件では、この要件をみたすか、検討する。
1)①について
 この点、本件手形は受取人欄に「Z社大阪支店」、裏書人は「Z社大阪支店長甲山一郎」となっている。しかし、実際にはZ社には大阪支店はなく、甲山一郎も存在しなかったのであり、この記載はBによる無権代理である。そして無権代理ゆえに裏書の連続が認められないとなれば、Xが①有効に手形上の権利が取得できる外観がなかったといえ、Xが手形上の権利を取得しないということもできる。
 そこで、裏書の連続の判断方法を検討する。
 この点、裏書の連続とは、手形の記載上、裏書人から最後の被裏書人に至るまで、各裏書の記載が間断なく続いていることをいう。
 そして、裏書の連続を判断するに際して、実質的な権利関係の調査まで要求されるとすれば、手形を取得しようとする者は安心して手形を取得することができず、手形の流通性を害する。そこで、裏書の連続の判断方法は、外形的、客観的に見て判断すべきである。
 本件で外形的・客観的に見ると、受取人は法人としてのZ社、裏書人も法人としてのZ社であるとみることができる。そうだとすると、本件手形に裏書の連続はあったものということができる。したがって、Xが①有効に手形上の権利を取得できる外観があったといえる。よって、①の要件を満たす。
2)②について
 では、Yに帰責性はあるのか、検討する。
 たしかに、AはBによる無断の手形要件の補充を防止するために、「銀行届出印ではない代表者印を捺印しているものとみられる。そうだとすると、Yは外観作出防止のために一定の配慮をしていたのであり、Yに帰責性は無いということもできる。
 しかし、手形取得者からすれば、銀行届出印をいちいち確認することはないから、上記の事情をもってYに帰責性がないということはできない。
 また、Yとしては、Bの実体をきちんと調査すべきだったのであり、このような正体不明の者に手形を渡したことについて②帰責性がみとめられる。
3)③について
 では、Xは虚偽の外観について善意無重過失で取引関係に入った者といえるか。
 本件では300万円という大金の手形が発行されている。そうだとすれば、手形を取得しようとする者としては、手形の真偽について、手形債務者に問い合わせるのが通常である。したがって、金融業者という専門家であるにもかかわらず、なんら調査をすることなく手形を取得したYには、少なくとも虚偽の外観について重過失がある。
 よって、③の要件を満たさない。
4 よって、XはY社に手形金を請求できない。
                                      以上

自己評価は、追ってコメント予定。