平成18年刑法 成績A(自己評価B)

第 2 問
 甲は,Xが個人として経営する電化製品販売店Y店舗において,同店舗の商品管理その他業務全般を統括する店長乙に対し,不正に取得した信販会社A発行で名義人Bのクレジットカードを使用する正当な権限がないのに,これがあるように装って同カードを呈示し,30万円のパーソナルコンピュータ1台の購入を申し込み,B名義で売上票に署名し,これを乙に渡した。
 乙は,売上票を受け取った後,甲がBとは別人であって甲に同カードを使用する正当な権限がないことに気付いた。しかし,乙は,低迷しているY店舗の販売実績を上げるとともに店長としての地位を保とうと思い,甲に対する売上げを同カードによる正規の売上げとして処理することに決め,そのパーソナルコンピュータを甲に引き渡した。そして,乙は,信販会社Aの担当者Cに対し,B名義の署名のある売上票を送付して,甲に対する売上げは同カードを使用する正当な権限のない者に対する売上げであるのに,同カードを使用する正当な権限のある者に対する売上げであるように装い,代金の立替払を請求し,その旨誤信したCをして,信販会社A名義の普通預金口座からX名義の普通預金口座に30万円を振り込ませた。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(出題趣旨)
 本問は,商品販売店店長が,他人名義のクレジットカードを使用して商品を詐取しようとした者に対し,そのカードの不正使用に気付きつつ商品を渡すとともに,信販会社からその代金の立替払を受けたという事例を素材として,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,詐欺罪,業務上横領罪,背任罪等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

1 甲の罪責について
1)甲がBのクレジットカードを不正に使用する権限が無いのにこれを使用した行為について、詐欺罪(246条1項)の成立を検討する。
ア この点、加盟店のYとしては、不正の使用と知った場合、カード会社を害さないように取引を拒否する信義則上の義務を負う。そうだとすると、使用権限がないにもかかわらず使用する行為は、財物の交付に向けられた欺罔行為といえる。
  しかし、乙は甲にカードを使用する正当な権限が無いことを知った上で、パーソナルコンピュータを引渡している。そうだとすると、欺罔行為に基づく財物の交付があったとはいえない。
イ したがって、甲の行為に詐欺未遂罪が成立する(250条・246条1項)。
2)甲がB名義で売上票に署名した行為について、有印私文書偽造罪(159条1項)の成立を検討する。
  まず、売上票は売買代金の支払義務の発生を確認する文書であり、「権利、義務・・・に関する文書」といえる。また、甲は名義人であるBとの人格の同一性を害したといえるから「偽造」といえる。さらに、甲はBという「他人の・・・署名を使用して」いるし、乙に見せるという「行使の目的」もある。以上により、甲の行為に有印私文書偽造罪が成立する。
3)しかし、甲が上記文書を乙に渡した行為について偽造私文書行使罪の未遂犯(161条2項)が成立するにとどまる。なぜなら、乙は正当な権限がないと気づいたうえでコンピュータを引渡しており、真正な文書と誤信したとはいえないからである。
4)よって、甲の行為に①詐欺未遂罪、②有印私文書偽造罪、③偽造私文書行使罪の未遂犯が成立する。そして、②と③は目的・手段の関係にあり、牽連犯(54条1項後段)になる。そして、これらと①も目的・手段の関係にあるので、牽連犯として処理されると考える。
2 乙の罪責について
1)乙は甲がコンピュータを受取る権限が無いと知っているにもかかわらず、これを引渡している。
ア そこで、甲のこの行為に業務上横領罪(253条)が成立するか、検討する。
  まず、乙はXという「他人の物」を占有している。また、乙・X間には雇用契約民法623条)に基づく委託信任関係がある。さらに、乙は店長という社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務を行う者であり「業務」の要件も満たす。
  しかし、乙はY店舗において「商品管理その他業務全般を統括する」強大な地位にあったのである。そうだとすると、乙は店舗内の商品について処分権限が与えられていたといえる。したがって、乙が正当な権限のない者に対して商品を引渡すことは、いまだその権限の範囲内といえ、委託の趣旨についてその物について権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思の発現行為とはいえない。そうすると、不法領得の意思の発現があったとはいえず、「横領」の要件を満たさない。
  よって、乙の行為に業務上横領罪は成立しない。
イ では、乙の行為に背任罪(247条)が成立するか、検討する。
  まず、乙はXが経営する店舗の店長であり、「他人のためにその事務を処理する者」である。また、乙・X間には雇用契約という法律上の委託信任関係がある。そして、正当な権限のない者に対して商品を引渡す行為は事務処理上有する権限を濫用して本人に財産上の損害を加えるべき行為であり「その任務に背く行為」にあたる。
  この点、「財産上の損害」は、経済的見地から検討すべきである。なぜなら、法律上債権を有していても、その実現可能性がないなら本人は害されるからである。本問ではX名義の普通預金口座に30万円が振り込まれているが、これは違法行為により支払われている。そうすると本人は経済的にみて損害をうけているので「財産上の損害」がある。
  また、図利加害目的は専ら本人のために行為した場合に限り、これを否定されるものと考える。本問では「Y店舗の販売実績をあげるとともに、店長としての地位を保とうと思っている」のであるから、専ら本人のために行為した場合とはいえない。そうすると、図利目的があり「自己・・・の利益を図り」の要件を満たす。
  よって、乙の行為に背任罪が成立する。
2)乙がB名義の署名のある売上票をCに送付した行為について、Cをして真正文書と誤信させたといえるから、偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3)乙が代金の立替払いを請求した行為について、Aに対する詐欺罪が成立しないか、検討する。
ア この点、乙はX名義の普通預金口座に振り込むように請求しており、預金債権の取得として2項詐欺の成立を検討すべきとも思える。しかし、口座の名義人はただちに現金を引き出すことができるから、現金を取得したといえる。よって1項詐欺の問題として検討すべきである。
イ そして、乙は正当な権限のない者による売上げであることを告知せずに支払を請求しており、現金の支払という処分行為に向けられた欺罔行為がある。また、Cは乙の欺罔行為に基づいて錯誤に陥っており、これに基づいて30万円という財物を振り込んでいる。そうすると、財物の交付およびその移転がある。以上により詐欺罪が成立する(246条1項)。
4)よって、乙の行為に①背任罪、②偽造私文書行使罪、③詐欺罪が成立する。そして、②と③は目的・手段の関係にあるので牽連犯として処理される。また、これらと①は社会通念上別個の行為なので、併合罪(45条前段)として処理される。
                                    以上

・第1印象「過去問のアレンジか、いけそう」
・反省等 この問題は12通の中でベスト。書ききったときは気持ちよかった。
 背任、業横、詐欺、偽造等の構成要件要素はすべて暗記していたので、それに当てはめただけ。
 詐欺はH5−2、横領と背任はH8−2を検討していたので、本番でも楽に書けた。
 しかし、財産上の損害、図利加害目的の構成要件要素の暗記が不十分だったので、本番では理由をつけずに結論だけ書いた。反省。

・未来に向けて 各論は構成要件要素とその具体例の暗記に尽きると思う。「刑法各論に攻めも守りもない」という合格者のアドバイスは名言だと思う。
 地道にやって、さらに弱点をつぶしていくだけ。