平成18年民事訴訟法 成績A(自己評価B〜C)

第 2 問
 株式会社Xは,Yとの間で中古の機械を代金300万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,当該機械をYに引き渡したが,Yが代金の支払をしないと主張して,Yに対し,本件売買契約に基づき代金300万円の支払を求める訴えを提起した。
 この事例に関する次の各場合について答えよ。
 1  Yは,第1回口頭弁論期日において,(1)「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認めるが,契約締結後に当該機械の性能では購入の目的を達成することができないことが判明したから,本件売買契約は錯誤により無効である。」と主張した。ところが,第2回口頭弁論期日において,Yは,(2)「Xと本件売買契約を締結したのはYではなく,Yが代表取締役をしている株式会社Zである。」と主張した。
 Yの(1)及び(2)の各主張の訴訟上の意味を明らかにした上で,(2)の主張の訴訟法上の問題点について論ぜよ。
 2  Yが,第1回口頭弁論期日において,「Xと本件売買契約を締結したのはYではなく,Yが代表取締役をしている株式会社Zである。」と主張したため,Xは,Yに対する訴えを取り下げた。その上で,Xは,改めてZを被告として同様の訴えを提起したところ,Yは,Zの代表取締役として,「Xと本件売買契約を締結したのはYであり,Zではない。」と主張した。
 裁判所は,Zの主張をどのように取り扱うべきか。

(出題趣旨)
 1は,裁判上の自白,抗弁及び否認を正しく理解しているかを問う問題である。(1)の主張は自白及び抗弁から成ること,(2)の主張は積極否認であり,かつ,自白の撤回であることをそれぞれ理由を付して指摘した上で,自白の拘束力の内容及びその根拠,自白の撤回が許される要件について論ずべきである。2は,民事訴訟においてどのような場合に信義則が適用されるかを問う問題であり,XY間の訴訟とXZ間の訴訟とが当事者を異にする別訴訟であることを踏まえて検討すべきである。


1 小問1前半
1)(1)の意味について
ア まず、「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」という主張の意味を検討する。
 この主張は、裁判上の自白(179条)としての意味を持たないか、検討する。
 この点、裁判上の自白とは、相手方の主張と一致する、自己に不利益な事実に期日における陳述をいう。そして、「自己に不利益な」とは、相手方が証明責任を負う事実のことをいう。また、証明責任とは、ある事実が真偽不明の場合に、その事実を要件とした自己に有利な法律効果の発生・不発生が認められないという一方当事者の地位をいう。さらに、証明責任の分配は、自己に有利な法律要件を主張するものが追うことになると解する。
 本件では、売買契約の締結の事実は代金支払請求権の発生を基礎づけるものであり、Xが証明責任を負う事実である。したがって、「自己に不利益な」の要件を満たす。
 しかし、本件では「売買契約を締結」という法律用語を使用している。そこで、請求の当否の判断の前提をなす権利法律関係に関する自白として、権利自白にあたる。そこで、権利自白に裁判上の自白が成立するか検討する。
 思うに、法律の適用は裁判所の専権に属するものであり、当事者が自由に処分できるものではない。そこで、権利自白が成立しても、裁判上の自白は成立しないと解する。
 もっとも、日常用語に引きなおすことができる場合には、裁判上の自白は成立するものと解する。
 本件では「本件売買契約を締結したことは認める」と主張しており、売買契約は日常用語として使われている。そうすると、日常用語に引きなおすことができる場合にあたり、例外的の裁判上の自白は成立する。
 したがって、裁判上の自白が成立し、その効力として①裁判所はこの自白に拘束される。また、②Xは売買契約を締結した事実を主張する必要はない(179条)。さらに、③Yはこの自白を撤回できない。
イ では、「錯誤により無効である」と主張した部分の意味はいかなるものか検討する。
 この点、売買契約が錯誤により無効であったという事実は、売買代金支払請求権の発生を妨げる、権利障害事実である。そうだとすると、抗弁にあたり、この事実が認められることにより有利になるYが証明責任を負う。
 そうすると、上記の部分は抗弁になるという意味がある。
2)(2)の意味について
 この点、(2)に主張した事実が認められる場合には、XのYに対する請求には理由がないことになる。そうすると、この主張はXの請求に理由がなく、却下を求めるという意味があると考える。
2 小問1後半について
 本問の(2)部分の主張が認められる場合には、裁判所はXの請求を却下すべきなのが原則である。
 しかし、Xが、代表取締役がYであるZに再度訴えを提起しなければならないとするのは煩雑であり、本件の訴えの中でZに訴えを向け代える必要がある。
 そこて、当初訴えられていた者から他の者に訴えを向け代えるという任意的当事者変更が認められるか、その要件を検討する。
 思うに、新当事者の手続保障と旧当事者の便宜の調和の見地から、任意的当事者変更の法的性質は、旧訴の訴えの取下げと新訴の提起の併合形態であると解する。
 そうすると、任意的当事者変更は1審のみで可能であり、また、新当事者の手続保障の見地から、旧訴訟での訴訟審理は引きつがれないのが原則である。
 しかし、旧当事者と新当事者が実質的に同一である場合には、新当事者の手続保障を考える必要はない。そこで、かかる場合には、旧訴訟での訴訟審理は引き継がれるものと解する。
 本件では、ZはYを代表取締役とする者であり、Zを被告としても以前と同様にYにより訴訟追行される。したがって、旧当事者と新当事者が実質的に同一である場合にあたる。
 したがって、本件でZに任意的当事者変更をしたとしても、以前の訴訟審理はZに引き継がれる。
3 小問2について
 本問の旧訴訟の被告はYであり、新訴訟の被告はZである。そうすると、YとZは別の人格である以上、Zの主張は認められるのが原則である。
 しかし、前訴での主張をしたのはYであり、後訴で主張をしたのも、Zの代表取締役としてのYであり、Yの言動は前後矛盾している。
それにもかかわらず、Yの後訴での主張を認めることは、前訴でYの主張を信じて訴えを取下げたXの信頼を害する。
そこで、裁判所はZの主張が信義則(2条)に反するものとして、排斥すべきである。
                                     以上

・第1印象→「1(2)の部分は自信がない」
・反省等 1(1)の部分は権利自白ということを皆書いているが、出題趣旨からは明らかでない。「売買」は権利自白として問題になり得る→しかし日常的用語なので、自白成立肯定。という流れは押さえていたので、書いた。しかし、権利自白を論証せずにAの再現答案もある。
 反省点は、第1に、1(2)を任意的当事者変更としてしまったこと。素直に読めば、自白の撤回であることが分かるのに・・・。これで沈まなかったということは、よほど第1問の出来がよかったのであろうか。
 また、1(2)が積極否認であることの認定も出来ていない。
・今後に向けて 積極否認、否認、抗弁の区別など、「論点以前」の知識を正確にしなければならない。

▼合格者コメント「相当に不十分な答案
それにもかかわらずAなのは、他の受験生の出来が相当悪かったから。(「採点した答案の3分の1しか自白の撤回を論じていなかった」(試験委員)。
第1問が上位答案であったので、第2問が平均でもカバーされたのであろう。」