平成18年刑法 成績A(自己評価B)

第 1 問
 病院長である医師甲は,その病院に入院中の患者Xの主治医Aから,Xに対する治療方法についての相談を受けた。
 Xに対して恨みをもっていた甲は,特異体質を持つXに特定のある治療薬を投与すれば副作用により死に至ることを知っていたことから,Aをしてその治療薬をXに投与させてXを殺害しようと考えた。そして,甲は,Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っており,かつ,乙がAの指導方法に不満を募らせていることも知っていたので,AにXの特異体質に気付かせないままその治療薬を投与させるため,乙を仲間に引き入れることにした。
 そこで,甲は,乙に対し,「Xに特異体質があるので,特定のある治療薬を投与すれば,Xは,死に至ることはないが,聴力を失う。」旨うそを言い,Aの治療行為を失敗させることによってAの信用を失わせようと持ち掛けた。すると,乙は,これを承諾し,甲に対し,「AからXの検査を指示されたときは,Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し,甲は,これを了承した。
 その上で,甲は,Aに対し,その治療薬を投与してXを治療するよう指示した。そこで,Aは,乙に対し,Xの特異体質の有無について検査するよう指示したが,乙は,Xに対する検査をしないまま,Aに対し,「Xを検査した結果,特異体質はなかった。」旨報告した。
 Aは,本来,自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり,もし,AがXの特異体質の有無を自ら確認していれば,Xの特異体質に気付いて副作用により死に至ることを予見し,その投薬をやめることができた。しかし,Aは,実際には,その確認をせず,軽率にも乙の報告を漫然と信用したため,Xの特異体質に気付かないまま,Xに対し,その治療薬を投与してしまった。その結果,Xは,副作用に基づく心不全により死亡した。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(出題趣旨)
 本問は,患者の殺害を企図した病院長が,他の医師とともに,患者の主治医をして患者の特異体質に気付かせないまま治療薬を投与させて患者を死亡させたという事例を素材として,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,過失行為を利用した間接正犯及び共同正犯の成否等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

1 甲の罪責について
 甲は乙に嘘を言い、Aを利用することでXに治療薬を投与している。その結果Xは死亡している。そこで、甲の行為に殺人罪が成立しないか、検討する。
1) この点、甲は乙、Aの行為を利用している。そこで、間接正犯に実行行為性がみとめられるか、検討する。
ア 思うに、実行行為とは、特定の構成要件に該当する法益侵害の現実的危険性を有する行為である。そうだとすれば、他人の行為を利用することによっても法益侵害は可能であるから、間接正犯に実行行為性は認められると解する。具体的には、①自己の犯罪として行う意思があり(正犯意思)、②他人の行為を自己の行為として一方的に支配利用すれば、間接正犯の実行行為性は認められると解する。
イ 本問で甲は乙のAに対する報告行為を利用している。まず、甲はXに対する恨みを晴らすために利用しているのであり、①正犯意思がある。
しかし、乙はXに傷害行為をすることは認識している。そうだとすると、乙は犯罪行為をすることは認識していたのだから、②一方的に支配利用されていたとはいえないとも思える。
  しかし、乙は甲の殺害意思については知らなかったのであるから、甲が犯そうとした犯罪については事情を知らず、甲の道具といえる。そうすると、甲は乙の行為を自己の行為として一方的に支配利用していたといえる(②)。
ウ また、甲はAの行為を利用している。そして、Aに過失犯が成立するのならば、甲はAの行為を一方的に支配利用したとは言えないとも思える。そこで、Aに業務用過失致死罪(211条1項前段)が成立するか、「怠」ったといえるか。検討する。
 ア)思うに、たとえ法益侵害の結果が発生しても、社会通念上要求されている行為をしたのであれば、違法性はないはずである。そこで、過失は違法性を類型化した構成要件で検討すべきである。具体的には①結果予見可能性を前提とした②結果回避義務違反があれば、過失があり、「怠」ったことになると解する。
 イ)本件では、AはXが特異体質により死亡することを予見しえたのであるから、①結果予見可能性がある。また、自ら特異体質の確認をしていれば死亡を防ぐことができたのに、これを行わなかったものである。そうだとすると、Aが軽率に乙の報告を信頼して治療薬を投与することは、②結果回避義務違反があったといえる。以上により過失があり、「怠」ったといえる。Aに業務上過失致死罪が成立する。
   そうだとすると、Xが死亡したのはAの行為によるものであり、甲に帰責しえないとも思える。しかし、甲はAの過失行為を予想して利用したのであるから、②Aの行為を一方的に支配利用したといえる。
エ 以上により、甲の行為に殺人罪の実行行為性が認められる。
2)また、甲は乙とAの行為を予見したうえで実行に移している。そうすると、甲の行為→乙の報告→Aの過失行為→Xの死亡結果が生じるのは社会通念上相当である。因果関係はある。
3)よって、甲の行為に殺人罪が成立する。
2 乙の罪責について
 乙はXの聴力を失わせる目的で、Aの行為を利用し、Xを死亡させている。そこで、乙の行為に傷害致死罪(205条)の間接正犯が成立しないか、①②の要件を検討する。
1) 本問では乙は、自己のAに対する不満を晴らすためにXを死亡させ、Aの信用を失わ
せようとしている。そうすると①乙に正犯意思はある。
2)また、乙は、Aが漫然と投薬を行うという過失行為を利用しているので、②Aの行為を一方的に支配利用したといえる。以上により、傷害罪の間接正犯の実行行為性はある。
3)では、乙の利用行為とXの死亡に因果関係はあるか。
  本問ではXが報告を信用して漫然と投薬をいる。そして、入院患者への投薬方法を間違えれば、死の結果が生じてしまうことはよくあることである。そうだとすると、乙の行為とXの死亡に因果関係はある。
4)よって、乙の行為に傷害致死罪の間接正犯が成立する。
3 共同正犯について
 甲と乙の行為に傷害致死罪の共同正犯(60条・205条)は成立するか、検討する。
1)この点、甲はXを殺す意思、乙はXに傷害を加える意思を有しながら、Xを死亡させている。このような場合に共同正犯は認められるか、検討する。
2)思うに、共同正犯に一部実行全部責任が認められた(60条)趣旨は、相互利用補充関係の下、特定の犯罪を惹起したことにある。そうだとすると、共同して犯罪を実行した場合に共同正犯が認められると考える(犯罪共同説)。
  もっとも、犯罪すべてを共同する必要は無いことから、構成要件的に重なりあう範囲で共同すれば、その限度で共同正犯は認められると解する。
3)本問では、甲と乙はXの身体に攻撃を加える限度について共同している。そうすると、甲・乙が犯そうとした犯罪は傷害致死罪の限度で重なりあう。
4)よって、甲と乙の行為に傷害致死罪の共同正犯が成立し、甲には殺人罪の単独犯が成立する。
                                     以上
・第1印象「2重の間接正犯か・・・」
・反省等 因果関係をどれ位論証しようか、その配分にかなり迷った。一方で「他人の行為が絡んでいるので、積極的に論じよう」と思った。しかし、他方で、「死因が当初の予見どおりの『副作用』であるので、因果関係が明らか」とも言いうる。
「因果関係に配分をおくかは、死因をチェックし、行為者が予見したものか否かで決める」というマニュアルを(一応)持っていたので、行為者が予見したものである以上、「ちょろっと触れる」という風に逃げた(H11−1参照)。
 
 罪責を問われていない者の部分を書いてしまったのは失敗(過失犯の部分)。
 
 共同正犯については、どのように書くべきか迷ったが、H15−1で独立した項目で書いてAという再現答案があったので、それに従った。

・未来に向けて 共同正犯は永遠のAランク。